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CareTEX2016 専門セミナー特別配信 No10

【タイトル】
 〜施設を「終の棲家」にするということ〜施設における看取りのあり方 いのちをつなぐ看取り援助

【セミナー概要】
 重要な対応が求められる介護施設、住環境を整え、認知症ケア食べる支援を経て、
 看取り援助システムを確立する施設マネジメントについて、講演します。

【講師】
 (株) エイジング・サポート 代表取締役社長 小川 利久

(敬称略)

※この動画及び講演内容は、2016年3月17日に行われた、CareTEX専門セミナー(於:東京ビッグサイト)
 での講演を収録・記録したものです。
※この動画及び講演内容の無断転載・複製を禁じます。
※当社は、当ページのコンテンツ(動画及び全文)の正確性の確保に努めてはおりますが、
 提供している情報に関していかなる保証もするものではありません。

専門セミナー 講演内容全文


■ 司会による紹介

皆さま、本日はCareTEX専門セミナーにご参加いただきましてありがとうございます。これよりセクションナンバー18、施設運営コース「〜施設を「終の棲家」にするということ〜施設における看取りのあり方 いのちをつなぐ看取り援助」の講演を開始いたします。

はじめに本セミナーの講師の方をご紹介いたします。株式会社エイジング・サポート代表取締役社長、小川利久先生です。
小川先生は1981年新潟大学の農学部を卒業後、創成期の有料老人ホームの立ち上げやシンクタンクを経て、認知症グループホーム、ユニット型特養など複数の社会福祉法人の本部長、施設長として経営マネジメント、施設オペレーションに携わられました。また住環境力、脳の力、食べる力、生きる力の統合的エイジングサポートシステムを確立されました。2015年にはスマート・エイジング・マネジメント・スクールを開校するなど、福祉経営コンサルタント業務にも携わられています。

本セミナーでは、重要な対応が求められる介護施設、住環境を整え、認知症ケア食べる支援を経て、看取り援助システムを確立する施設マネジメントをお伝えいただきます。それでは小川先生よろしくお願いいたします。

■ エイジング・サポート 〜年を重ねる事をサポートしたい〜

皆さん、おはようございます。60分お付き合いください。いろんなセミナーがある中で、本セミナーを選んでいただいてありがとうございました。お手元の資料とは少し違うものが入っています。個人情報のお写真等があるので、60分なので、画面を見ながらお話を聞いていただければ、というふうに思っています。
今、ご紹介ありましたように、僕もずっと特養の施設長をやってきました。何社かの社会福祉法人の法人本部長も兼務しながら10数年、トータルでこの仕事25年間しています。今、たどり着いているのは、今日のテーマである看取りです。お隣で今日もサ高住の講義がありますが、全ての施設、あるいは全ての地域できちんと人生を終えるサービスが構築されていないと、日本の国がおかしくなるんじゃないか、というふうに実感しています。今日のお話はほとんど特別養護老人ホームで、私が中心に行ってきた看取り、制度的には看取り介護加算、僕らは看取り援助という言い方をしていますが、そのお話をしますのでそれぞれ皆さん持ち帰っていただいて、自分の施設ないしは自分の地域で、看取りができる社会を作っていただければ、というふうに思います。

お話に入っていきますが、僕はエイジング・サポートという会社で今、活動しています。経営のコンサルをしてるんですが、大体看取りの話か、経営の話です。どちらから入っても看取りが必要で、例えば経緯から入っても看取りができる経営をしていかないと、実は経営が成り立ちません。なので、少し経営の話も入れています。それから僕は、半分体は東北大学の加齢医学研究所に所属して、僕のボスは川島隆太です。脳科学に基づいた研究を企業の皆さんに提供しながら、健康寿命延伸というものを新しいビジネスを創成する、コーディネーターもさせていただいてるので、今日、その辺のお話は触れませんが、脳科学的にもいかに生き切るか、ということを科学的にエビデンスをとりながら多くの人に理解していただけるような、そういう準備も今進めているところです。概念的なお話ですが、これ歌のタイトルです。「Time Is On My Side」

皆さんが今日お集まりいただいているのは、なかなかこの話を聞いてもらいたいのは、実は僕は施設長なんですよ。経営者の皆さんに聞いてもらいたい。なぜか、と言うと、この仕事は多職種でやる仕事です。そこにご家族も巻き込んでやる仕事なので、介護職の皆さんだけというわけにはいきません。それと、元々医療にあった仕事を介護に引き込む仕事です。なので、その窓口は看護師になるんですね。なので、看護師の方に聞いていただいて、全ての業種がまとまる仕事なので、これは管理者の仕事です。勝手にどうぞ、というわけにいきませんので、ただ、管理者はなかなか来てくれません。なので、介護職の皆さんからボトムアップでというふうにいくと、なかなか実現してない、ということがあります。なので、自分を引き寄せる。あるいは研修に行く時間がないという方も多いんですが、そんなには簡単な時代ではありません。外でできてることを学んで、持ち帰って咀嚼をしてやっていかないと、もう誰でもできるという介護事業ではない、ということに最近自分自身が思っています。

それと、これ皆さんご存知かもしれません、この業界が長いと。命は時間である。僕は実は、介護という表現をこの20年間あまり使っていません。生活援助なので作った会社もエイジング・サポート、年を重ねる事をサポートしたい。自立援助なんですね、日野原重明先生が104歳です、こういう言い方をしていますね。命は時間である。皆さんの今日この時間は、多分皆さんの命をここで共有しているし、我々も命を支える仕事をしている、というふうに考えると、多分介護の仕事の価値は変わります。実際変わることを実感していますので、もしまだ看取りにたどり着いていない方は、少し参考にしてただければ、と思います。

それと、もう既に看取りやってらっしゃるという方はいますか。施設でやってらっしゃる。これからやろうとしている、という方いますか。いろんな状況の中でですが、僕は制度ができるところでいち早く看取りに取り組みました。僕の施設で150人の方を看取りました。全体的には300人以上の方が亡くなりましたが、その中の150人が制度的に看取りました。そのお話をしていきたいというふうに思います。

例えば、こういうテーマです。そろそろ桜が咲きます。残念ながら皆さんは、今年は早いですよね、もう来週くらいに咲くかもしれません。あるいは皆さんのご家族は、今年の桜を見ることができません。皆さんは今日、どういう行動をとりますか。あるいはご自身で、もしかするとあと1週間かもしれません。あるいは突然来るかもしれません。何を言いたいかと言うと、後悔がないような支援をしていない、と結構後々苦しむんです。

もう一つ、これはピンピンコロリです。よくピンピンコロリで命を終えることができたらいいよね、という話があります。苦しまないで、すーと死ねたらいいよね、という話ですが、果たしてそうでしょうか。ということも少し考えていただきたいですね。今日皆さんのご自宅に帰ったら、皆さんの愛する家族が突然死んでいました。あるいは携帯が鳴ります、連絡であなたの親が今、命を引き取りました。何の予告も余地もなく、そういう電話が入ったら、人生がダメージを受けます。実は僕がそうだったんです。ある日携帯が鳴って受けたら、あなたのお父さんらしき人が死んでいます、という連絡を受けました。そういうことが、実は起きる可能性があるんですね。なので、少し知っておくと少し人生が変わるし、準備ができます。社会背景は、ざっとこんなところですよ。

■ 医療に依存できない時代へ 〜看取りができる施設の必要性〜

皆さんご存知かもしれませんが、ポイントは高齢者施設の立場から言うと、病院ではもう死ねなくなった、ということなんですね。この4月に診療報酬改定が、またあります。ここに書いてあるように、病院は治療する場なので死ぬ場所ではありません。でも、現実は90%近くの方が、今でも病院で亡くなっています。でも、そろそろそれは制度的にも終わりになっているんですね。在宅で働いてる方もそうかもしれませんが、今、病状不安定な状態で早期退院が求められて、在宅サービスは不安定な状態で始まって、在宅デイサービス、自宅で頑張って、それでも頑張りきれないよね、という人が、いろんな施設を転々としながら、例えば施設にやってきます。なので、入居した日に看取りがあり得るんですね。

病院は治療の場としたら、何かを犠牲にしてるんです。今日、医療関係者の方もいらっしゃると思うんですが、実は病院が犠牲にしてるのは、生活を犠牲にしています。空間だとか、サービスも、一時的に治療のために生活を犠牲にして治療に向かうんです。高齢者が入っても、そのステージは変わりません。なので、生活を失った人がもういっぺん退院して戻ってきた時に、僕らの仕事は大変になるんですね。僕らは病院ではできないことをしています。それは生活を支えることです。病気になっても、或るいは医療に依存したくても医療に依存できなくなったところを、介護はどう支えるか、というところがテーマです。だから、医療に依存したい人はどうぞ、うちの介護施設に来てください、というふうに、例えば、パンフレットに書かれているのは、僕は実は疑問なんですね。医療に依存できなくなります。医療に依存した結果、たくさんの不幸を見てきました。医療に依存することが正しいわけ、治ればいいけど。治らないのに医療に依存する結果、生まれた不幸をたくさん見てきたし、泣かれたし、怒鳴られたし、職員は辞めていったし、もうそんな時代を繰り返したくない、というところで、医療と介護の関係を適正に区分していきたいというふうに思っています。

これ、特養の誕生からなんですが、昭和38年から介護保険ができました。実は僕、ここでこの仕事を始めています。ゴールドプラン1989年に、これから迎える高齢社会のために12年かけて介護保険制度を作る、というふうに国が発表したんですね。僕は民間企業で住宅を作っていました。このニュースで僕は異動になったんですよ。高齢者向けの住宅を作れ。その結果、2000年に介護保険ができて、それと同時に僕も人生を変えて、今この場にいますが、これから先ちょっと見てください。今、この辺にいます。2016年になりましたが、皆さんご存知のように、この次です。2025年、ここが地域包括の入口、というふうに言われています。皆さんのお年にざっと10歳足してください。2025年が訪れます。あっという間ですよ。介護保険ができて16年経ちました。60歳は70歳になります。問題は、65歳になった人が75歳になる、というところがテーマにです。75歳になったら国は後期高齢者、というふうに括りました。ある事実があるんです。75歳になると医療に依存し始めます。今、65歳なのでリタイアメントして新しい生活に揺れてる時代ですが、頑張って生き切ったら、一番リスクが高いのは62、63歳です、特に男性は。でもそこをクリアして、75歳にくると結構病気になっちゃうんですね。でも、皆さん長生きを求めますよね、不老長寿です。長寿は獲得できます。残念ながら不老、エイジングというものはなかなかうまくいきません。平均寿命はもう既に85歳、男性でも80歳に向かっていますよね。75歳を超えて、さらに長生きを求めたら何が起こるかです。医療に依存できなくなるんですよ。そこは介護の世界です。2030年、介護に依存した人たちがたくさん増えてきて、さらに長生きをして、平均寿命まで生き切ると4人に1人、ないしは2人に1人に介護が必要になります。一気に死に始めます。これが多死時代、もう始まってますよね。人口が減り始めます。

2025年によくこういうテーマでお話しますが、生き残る施設って何でしょうか。もう既に始まってますが、単純明快なんです。看取りができる施設しか、この世の中は、多分認めていかないんじゃないか、というふうに思ってます。かつ、人間としてきちんと生き切る支援ができる、看取りができる施設です。そういう施設に作り替えておくことをしなければ、なかなか社会はそれを認めてくれない形になります。よく言われてるのは、こういうことですよね。どこで死にますか。どこでもいいんですけど。この中に10年くらい前は、統計学的に実は高齢者施設は入っていませんでした。やっと出てきたんですよ、施設、まだほんの少ししかありません。よくこういう話があります。救急車で運ばれても病院で亡くなっても看取りをしています、という施設があるんですね。ごめんなさい、それは僕にとっては看取りじゃありません。急変対応の結果、病院で死んだ、という形なので、これは統計学的にどこに入ってるかは分かりません。ただ正確に言うと多分病院で亡くなったことだ、と思うんですね。でも、施設で死んだみたいなところまで看取り、という拡大解釈をしたときに、それは実は看取りではなく事故です。これが国の判断です。
新しいコンセプトはこれですよね。地域居住、もしご存知ではない方はエイジング・イン・プレイス、住み慣れた町で、その人らしく、これがユニットケアのテーマです。いつまでも、要は死ぬまでですが、できれば死んだ後も地域の人として命をつないで欲しいっていうテーマを越えて、地域包括ケアシステムの構築に向かおうというテーマ。

今日は、終の棲家、というテーマなんですが、僕ら入院して戻ってくるってところのやりとりが多いので、他の職員の事例発表を聞いてると、この言葉がたくさんあるんですよ。どこで死にたいか、あるいは施設はその方にとってお家ですか、というテーマが先にあります。お家じゃない施設で死んでも、多分それは嬉しくないんです。施設がその人のお家になってることです。だから、入院しても帰りたい家が、特養とか、サ高住であってほしい。だから、看取りは施設で、という流れがあってほしいんですね。逆に言えば、施設にいたくないので死ぬ瞬間、自宅に戻る人がいるんですよ。残念ながら、東京ではありません。東京はなかなか環境的にはそれが叶わないので、地方では特養の環境もあまり良くないので、看取り期になって自宅に戻るんです。在宅サービスと連携して、また別な看取りのスタイルを構築しようとしています。それはなぜかと言うと、施設が認められてないんですよ。こんな施設で死にたくない。病院で死にたくない。そこは私のお家ではない、というところはちょっと残念ですよね。だからその前に、施設としての、住まいとしての価値を高めておく、というのが前提です。

ちょっと見てください。僕はずっと特養有料老人ホーム作ってきました。元々は住宅を作っていたので、僕にとって、特養は住まいです。施設とかいろんなジャンルがありますけど、もうずっと施設を住まいだ、と思ってきました。なので、住みやすい環境をずっと追求してきました。要介護状態でも認知症になっても、こういう住まいが必要だ、というところで、僕にとっては住まいです。なので、住環境はどうか。これ実は6人部屋の特養を、権利移譲を受けて、建て直しをする前の6人部屋の写真です。このお家に帰りたいですか。すごい重度者がいるように見えますよね。実はこれ建て替えして、ユニット型特養の個室に戻した瞬間に、みんなに表情が戻りました。笑顔が生まれて、話始めたんですね。やっぱり環境は結構大切です。これは最近の特養4人部屋ですが、やっぱりポータブルトイレがあって、これは自分の空間として最後ここで過ごしたい空間としてどうか、という視点で見ると、ちょっと限界がありますね。これもそうです。この施設が悪いわけではありません。こういう歴史があるんですね。ユニット型として、こう変わりました。生活感ある個室、これが家というよりも、自分の過去を持ち込んだ新たな生活空間、自宅ではない、もう一つの在宅、という言い方でユニットケアが、実は作られていったんですね。帰りたい家はある。でも、なかなかそこには住み続けられることがない。なので、もう一つの在宅を特養のお部屋に設けました、というコンセプトで実は認知症のグループホームだとか、ユニット型特養は作り上げられて制度化に向かいました。

ニーズも変わります。例えば、皆さんの働いてる施設、あるいは皆さんが施設に入る時にどのニーズを求めますか。このニーズって変わるんですね。最初はここです。排泄介助がちゃんとできればいい。ところが、そのうち1、2週間経ったらクレームに変わります。ご飯が出た、ありがとう、と言ってた人が、こんなまずいご飯はいらないとか、そういうふうに要求が変わってくので、最初は感謝されるけど、どんどんクレームに変わっていって、事故になって、またいろんなトラブルが起きます。なぜか、と言うと、ニーズに合わせた介護技術を持ち合わせていなければ、当然不満に変わるんですよ。最初だけです、僕からすると1、2週間でこの辺の欲求は消えていきます。贅沢を求める、というか、当然ここにいくんですね。なので、自己実現、いろいろ話をしていると、ちゃんと生きたい。人のためになりたい。多分、僕もずっとこう言われました。僕は介護職じゃないので、直接言われることはないんですけど、入居した時に多分、皆さんも言われているのかもしれません。殺してくれ、と言われた事ないですか。施設に入居した時点で、死にたい、と言われるんですよ。殺してほしい、なので、ご飯もいりません。お風呂も結構です。でも、それを少しずつ頑張っていくと、次に出る言葉があるんですよ。家族に迷惑をかけたくない、という言葉が出始めます。これは、ニーズが変わった証拠なんですが、ただ万全ではありません。要はネガティブです。迷惑をかけたくないので、息子のためにご飯を食べよう、みたいなレベルです。ただ、それを続けて努力をしていくと、施設のケアを高めていくと、次に生まれてくる言葉があります。人のためになりたい。この言葉が出たときに、僕らは介護技術として最高峰のケアの水準に向かったんじゃないか、という評価をしていきます。3年から5年かかるんです、ユニット型特養でも。1人の方がその言葉に変わるためには、やっぱり半年くらいかかります。ここは、人のために、息子のために、私の生き方をしっかり見せてあげたい、という言葉が出た時に、それを息子が命として引き継いでくれるかどうかに合わせたケア技術がなければ、もしかするとトラブルになったり、職員が辞めてっちゃうかもしれません。

■ 制度に基づいた看取り介護加算

制度も変わりました。こう変わってます。今日お話するのは、制度に基づいた、看取り介護加算のお話です。人が単純に死んだお話じゃありません。僕は医者ではありません。命を語ることは制度的に許されていません。ただし、看取り介護加算の中で、施設長として命を語ることは、義務として、務めとして、これは制度が認めてくれています。制度はこう言ってるんですね、今日はこの辺です。冒頭申し上げたように、胃ろうになっても吸引が必要でも、特養は受けることができるようになりました。医療技術を介護の場で、一定の条件を満たせば、することができるようになりました。

今日、看護師さんいますか。看護師さんがしっかりしてると、看取りが進むんですが、看護師さんがブレーキになっている場面もたくさん見てきました。残念ながらお医者さんも一緒です。なので、命を助ける、治す、という次のステージに向かうのに、一つの覚悟が必要です。治らない、というと放棄みたいに思うんですね。だから、治るんだったら病院に行きますよ。治してくれるんだったら看護師さん、病院にはちゃんと行って治療して戻してほしい。でも、治せないになったら、ここでちゃんと看ようよ、というコンセンサスを得ない限りは、不幸に向かいます。なので僕は、看護師さんには看護師さんから、という形なので、僕はこんな話しかできませんけど、看護の心構えは看護師からお伝えをするようにしています。看護師から介護職で、多職種連携ですね。

これが、2000年介護保険ができた時に、厚労省が発表したデータなんです。当時一緒に講演した時にこのデータもらってます。これどういうテーマかと言うと、2015年の目標として厚労省が掲げた図なんですね。今、この通りなってますよ、概ね。
4人部屋の従来型特養はもういらない。尊厳ある生活を保障するために、個室のユニット型特養を作ろう。4割がユニット型に変わりました。残念ながらまだ多床室は残っていますが、なかなか今介護保障的には、多床室の基本報酬は下げられてるので、国は認めてないっていう証は、介護報酬であります。同じ面積でユニット型特養にすると、残念ながら50室は25室くらいになります。残りの人はどこに行くの、というふうに言われて、今日もやってるサ高住、小規模多機能型居宅、というような地域で住まいを提供するものを周りに作るので、重度者だけ特養に残す、という方針が、実は2000年に厚労省から出されています。
なので、約束通り、高齢者住宅法でサ高住が制度化されて、小規模多機能ができて、実は第6期介護報酬改定で、特養は介護度3以上、こんなの、もう2000年に発表されているんです。これが実際の流れです。自宅があって、これは特養です。最初は倒れて急性期に行きます。こういう所を転々として、大体他の施設から6割特養に入ってきます。自宅で頑張ってる人は約4割です。僕がいた所では、大体3年から6年、特養にたどり着くまで、3つから6つの医療的施設を転々としてきます。よく見てください。これはすべて自宅復帰がテーマです。病気を治して自宅に戻る、でも帰れない。正しくはそこがテーマですが、自宅復帰はできません。ずっと転々をする、というところは減りましたけどね。唯一というわけではありませんが、入居した時点で退去した日を迫られる施設で、安定した生活って厳しくないですか。お家に戻るんですよ、と言いながら、家には誰もいない、手すりもない、お金もない、というところに、いつ出てくんですか、と言われるほど酷なものはありません。
なので、我々はこういうふうに言って入居していただきました。ずっとここにいていいですよ。病気になったら病院に行きましょう、治るんであれば。なので、一緒に最後まで僕らがあなたを看ます、と言った瞬間に、死にたい、と言ってた人の目が変わるんですよ。本当にいていいの、いいですよ。じゃあ、一緒に生きよう、ということをトントンと詰めて、看取りに向かうステージができあがれば、先程言った、社会のためになって私は人生を終えたい、というふうに変わってきます。なので、特養で、あるいは高齢者施設で、またどっかへ行ってください、というほど酷なものないですよ。だから生活相談員の皆さんが、退去要件を言わなくちゃいけないけど、それは厳しいです。ざっとこんな要件があります。

それと、看取り援助なので死の援助というよりも、死ぬ瞬間という点まで生きる支援をしてるだけです。それを看取り援助、という言い方をしてるだけなので、生活の支援、でも、たどり着くのは死です。それを受け止めながら。これご存知でしょうが、第3期介護報酬改定で、実は特養に看取り介護加算が初めて制度的に認められました。こういう要件です。実はこれしかないんです。これの条件はあるんですが、これをどう解釈して進めていくか、と言ったところで当時3回目の政治は、誰も指導してくれませんでした。これを解釈して自分たちでやって、監査を受けて、正しいか正しくないかっていう検証しながら、自分たちのルールを作っていきました。これです。医学的見地に基づいて医者が治る見込みがない、というふうに判断することです。でも、1週間に1回しかドクターは来ません。医者が判断しているわけではありません。判断をしているのは施設です。施設長の僕です。ただ僕は、職員の報告を受けて、承認をするだけです。介護職の報告を受けて、看護師が、そうだよね、これ病院に行ったら胃ろうになっちゃうし、という話をしながら、家族と話し合って、看取りに持ってくんです。ドクターに報告して、先生、この方は病気で治りますか、家族も僕らがちゃんとお話をして理解をしていただいています。この説明をしてください、というふうにドクターが言って、ドクターが来て、施設から聞きましたよね、僕が最期を看取りますから、というふうにいうステージが一番です。
二番がこれです。これは制度的要件ですね。同意を得て、計画が作成される。介護保険事業なので、ケアプランに反映してください。ケアプランに反映しない限りは、看取りがスタートしません。もう一つがこれですね。多職種連携で説明、同意を得て介護を行われる。これを整えれば、看取り介護加算が受けられます。たったこれだけです。でも、非常に難しいんです。家族に説明できますか。看取りを1回もやったことのない職員が、不安な家族に、僕らにはこういう能力がある、病院に行くとこれができる、でもこうなる、でもそれを僕らに代わってくれたら、我々にはこういう能力がある。僕らのサービスを選択していただけますか、ということを、家族に説明する必要があるんですね。簡単ではないですよ。最初の看取り者は、僕も含めて10数人の職員で1人の家族を囲みました。家族にも後ろにはたくさん家族がいるので、そういうふうにして初めて行った看取りなんですね。今は担当者が説明ができるようになりました。大体3人ぐらい看取ると、担当者が説明できるようになります。要は、不満と怖さがなくなるんですよ。なぜか、というのは、ちょっと後でご説明します。

第6期に、実は新たな要件が加わりました。簡単に言うと、これが加わりました。入居時に説明してください、です。生活相談員が面接に行きます、そこで看取りの説明をして、看取りの意向の確認をしてくることが、実は看取り介護加算の要件になりました。できますか。初めて行ったところで、どこで死にたいですか、みたいな言い方をしていいのかどうかは別にしてもね。ちょっと簡単ではないです。いろいろ下がった介護報酬の中で、看取り介護加算は少し上がりました。これ、ここが上ったんですけど、別にこの収入は、あまり大きな全体の経営に影響を与えません、これ自体は。この報酬を持って、僕らは何をしたか、と言うと、ドクターと協議をしたんです。先生こういうふうに報酬が変わった、この報酬を先生にあげるので、僕らの看取りを理解して、僕らに協力してほしいんだ。今まで、ただでやるのか、と言われたんです。そんなことない、僕らに入ってくる看取り介護加算は、トータルでこのくらいあります。全部あげてもいいけど、先生1人でやるわけじゃないので半分あげる。半分は僕らがとるという交渉して、分かった、半分でいいよね、と言って初めていったんです。いろんなドクターがあるので、すべてのドクターが認めてくれたわけではありませんが、こういうネタを使ってドクターと交渉することを、皆さんできますか。ドクター看取り知りません、ほとんど知りません。今でこそ在宅の先生と、いろんな情報が出てるので、昔ほどは苦労しないと思いますが、僕は毎日実は看取りの支援をしながら、施設の施設長も事務長もドクターと協議ができないんです。代わりに外の人間である僕がドクターに説明に行くんですよ。先生、特養の看取りってこうです。こういうふうに説明したら、先生協力してくれますか、と言って、初めてそういう説明を受けました。理解はするけど、でもいろんな条件が重なってなかなか協力してくれるドクターは多くありません。

■ 看取りと急変

この辺だと分かりやすいと思うんですが、看取りと急変。日本の法律はこうなっています。
医師法第21条、病院で息を引き取れば、簡単に言えば看取りの同意を取れてなければ、このステージが訪れます。異常死体の届出義務、病院で亡くなって救急車で運ばれます、心肺停止状態です、看取りではありません。搬送先の病院で、死んだ状態で病院に到着すれば、皆さん分かりますか、病院は受け入れしません。病院は死体を受け入れる場所ではありません。それと同時に、お医者さんは死の確認ができますが、死亡診断はしません。なので、警察に電話入れるだけなんです。これが根拠です。同時に施設には警察が来ます、現場検証で。何のために来るか、一生懸命やったよね、というふうに来るわけではありません。自殺、他殺、病死、事故死、死の原因を解明しに、関わった職員をおいて、疑いをはじめて現場検証作成するために来ます。これで辞めてった職員が何人もいます。一緒に立ち会った家族は、職員に、もしかしてあなたがって言い始めた瞬間に、職員は凹んで辞めていきました。

看取りの場合は、概ね、こういうステージですが、こういうことですよね。これ急変です。心臓マッサージしながら救急隊を呼びます。救急隊は死を確認してくれません。だから、心臓マッサージをしながら病院に運んで、死を確定した時点で、生きて到着して受け入れてくれても、1時間後に亡くなっても、病院は死亡診断書を書いてくれません。なぜ死んだか、今日見たドクターは知らないので、死体検案書というか、警察に連絡が入るという意味では一緒です。こんな流れですね。入居時に看取りの確認をして、カンファレンスをしたり、家族に説明して終わっても、グリーフケアをしていく、という形です。

この間、これ皆さん、夜心肺停止状態になりました。看取り対応中です。ドクターは呼びますか、夜間。呼びます。これがこの間、これだけのために富山に呼ばれて、特養で研修してきました。看取り対応中の人が夜、心肺停止状態になりました。なぜ夜間にドクターが必要ですか。僕らは夜呼ばない、というルールを作ったんです。ドクターに負担をかけない。深夜は家族と夜勤者に託した時間帯で、朝ドクターに連絡を入れて、死亡診断書に来てくれるまで、それをお別れの時間として大切にしています。夜呼んで死の確定をしても、あまりメリットがありません。医者を呼ぶ時は命を助けるときです。もう命を助けない、というふうに約束をしたときに、早めに来て死亡診断書を作成する、というところに負担をかけたくなかったんですね。そこに家族は呼びます。家族とドクターが来るまでの間を非常に大切にして、夜搬送することはしません。朝、先生が来て、死亡診断書を書いて、職員と家族がエンゼルケアをして整えて、そこから葬儀屋さんに連絡をして、施設でお別れ会をして、地域に戻すステージがあるからです。夜、バタバタ死亡診断書を書いて、葬儀屋さん呼んで夜間に出て行ってしまうと、他の入居者がびっくりします。ちゃんと入居者とお別れ会をする。

もう一つ。最近デイサービスの方と議論するんですが、在宅で看取りの方、その方はデイサービスを利用する権利があります。デイサービスを利用中に心肺停止状態になったら、デイサービスはどういう行動したらいいですか。これデイサービスの人、ほとんど答えられないんですよ。デイサービスの人いますか、答えられます、どういう準備をしたらいいか。看取り対応中です。心肺停止状態になります。通常は救急車を呼びますよね、救急車を呼んだ時点で家族の看取りの希望は、すべてパーになります。医療から警察にいっちゃうので、家族は多分、その後大騒ぎをします。なので、看取りである。利用中に心肺停止状態になったら、やっぱりかかりつけ医、主治医を呼ぶしかないんですよ。他の利用者さんに、なぜこの人はここで心肺停止状態になったのに、心臓マッサージもせず、救急車も呼ばず、ここでこういうふうに取り扱うのか、というを説明しておく必要があります。在宅で死ねないステージを、施設側が作っちゃいけない、ということです。なので、ケアマネも理解をして、利用者さんにも理解をしていただいて、家族にも理解していただいて、今日の利用の日を整える必要があります。そうじゃないと、事故で大騒ぎで、あそこで人が死んだのに、こそこそ何かやってるよね、という社会ではいけない、ということです。

よくある質問は出てる、どこから看取りですか。どこから看取り対応ですか。さっき言ったように、簡単に言うと、病院に行きません、という宣言です。病院に行かない。病院に行って治せない、というステージはどこですか。いろいろありますけど。僕らがずっと苦労してきたのは、口から食べることができなくなるステージです。心臓に病気があって、何かあったら病院に運ばない、という形で看取りになってから、1年も2年も生きてらっしゃる方がいます。でも、口から食べることができなくなる、胃ろうか、点滴か、というステージです。口から食べることができなくなることは、皆さんの知ってる限り、病院で治してくれますか。病院で治るんだったら、病院に行って治療するべきです。でも老いは、必ずそういうステージを迎える時が来るんです。だから介護側が、これ病院で治らずに僕らの病気だよね、というふうに家族に説明しない限り、救急車を呼んでしまう、ということが起きるんですね。なので、制度的には経口維持加算ないしは、口腔衛生管理体制加算として制度も既に認めています。看取りは、この加算とパッケージになっています。要は入居した時点で、口から食べる力がどの程度なのか、ということを理解していく必要があります。もう嚥下が悪いのかどうか。

あるいは家族のこれは心模様のお話ですが、家族は施設に入ったことを喜んでいるのか、諦めているのか、怒ってるのか、否定しているのか、あるいは看取りを受容しているのか、ということを分からないまま、入れてしまったら、その日に心肺停止状態になったら、もしかすると訴えられるかもしれません。だから入居前、入居した日のアセスメント、あるいは看取りの意向確認が必要だ、ということはこういうことです。なぜでしょう。病院から状態不安定な状態でで退院してきた人たちを受け入れる、ということが今のテーマです。もしかすると不安定なまま入居したら、その日にまた、状態が悪化するんです。看護師らの責任になる。あるいは夜勤の責任になる。僕の夜勤の時に死んでほしくない、ということが堂々巡りで起きて、警察が来て、お前が何やったんだ、というふうに事情聴取された時に、ほぼ高い確率で職員は辞めていきます。離職が今いろんなテーマですが、看取りがあるから辞めない、ここに変えていくステージが必要です。そのためにいろんなテーマを作りました。これは職員と一緒に作ったテーマなんですね。
何かの変化が起きます。要は、口から食べることが難しくなってきた、あるいは元々持ってた病気に変化が現れた、熱が出始める、あるいは感染症がちょっと弱くなる、というステージで、もう病院に行ってもだめなので看取りに変えて行こうよね、というのは職員の気付きからです。でも不安です。なので、不安はみんなで支える、責任は施設長がとる。その代わり、その命をつなごう、というテーマを皆で作りました。これは看取ったその日の朝、もちろん死亡診断書を終えた後の家族がやる看取り、エンゼルケアを職員がフォローしているところですね。一番大切な作業を家族から奪っちゃいけない。もちろん、看護師が段取りをして、介護職がサポートするんですが、化粧してるのは娘さんです。きちんとお部屋で一緒に暮らした他の入居者の方々とお別れ会をしていきます。最初の頃、こう言われたんですよ。うちのお母さんには内緒にしてほしい、他の入居者ね。うちのお母さんは認知症じゃないので、こういうショックを与えてほしくない。なので、こういうことには参加させないでほしい、と言われました。これって正しいですか。例えば、僕が黒いネクタイをして施設に歩いてると、ベテランの職員から、施設長やめてください。デリカシーがない、と言われました。人が死んだんですよ。人が死んだ日に悲しんで、なぜ悪いの。だから、喜怒哀楽、これは人の命を大切にする、僕はそういうことだと思いますよ。人が死んだのを隠して、人の死は悪いことではありません。目指したゴールを一緒に暮らして、一緒にお別れ会をして、私も次頼むね、約束したよね、最後までいていいよね、と約束をしたので、ちゃんとこういうステージも一緒に、あなたも関わってほしい、というふうに説明をして、段取っていきます。こんな写真です、これも施設の中のお別れ会ですね。みんな笑ってるでしょ、泣き笑いです。なぜかと言うと、計画ということは目標を定めることです。目標を達成したこの日が、実はバラ色なんですよ。お別れは寂しい、でも頑張ったよね。次に出る言葉があるんですよ。ありがとう、と出るんですよ。きちんと地域に戻します。ご家族からもきちんと職員、他のご入居者にごあいさつをいただいて、皆さんも頑張ってね、というようなお話をして返してきます。そうすると、私の番も頼むね、これを見て不穏になった入居者を見たことがありません。ほぼ間違いなく全員認知症の方です。分かりますよね、自分がここで大切にされているか、大切に職員が他の方々の、送ったのかどうか、他の入居者分かります。なので、安心して暮らすようになるんです。こういうテーマできちんと地域に戻して、またお通夜とかに進みますが、こういうお別れ会を最後のゴールとして、非常に大切なセレモニーとして育ててきました。

今日は実は映像があるんですが、映像をお見せする時間がないので写真だけです。これ皆さんの手元に入っていないかもしれませんが、こういう取り組み、これが経口移行加算で内視鏡を入れて、喉の食べる能力を見ている取り組みです。これは制度としてやってますが、なかなかこれを協力してくれる、接触嚥下ができる歯医者さんがいません。僕ら日本歯科大、昨日菊谷先生がここで講義されてましたが、そこから第3期介護報酬改定時、制度施行時に始めました。こんなものを見るんですね。これ喉の写真です。ちょっと動かしていいです、これ若い人の喉の状態ですが、初めて見る人がいるかも、これ80歳の人のここです、どう見てもあぶくがあって、もしかすると吸引が必要かもしれないし、ぶくぶくしてるし、汚いし。これが気管に入っていったら誤嚥性肺炎なっちゃうんですよ。なので、お口の中を綺麗に整えてくださいとか、この人が今日のこの食事を、ミキサー食でも食べれるかとか、この時間でいけるとか、この量がどうだ、とかいう形を、日々の業務の中に日常化的にしていく必要があります。そのために研修をしたり、僕ら職員研修ですが、看護師さんから喀痰吸引ができるような指導してもらったり、そういう体制を整えていく必要があります。ただ、いろんなこういうお話があっても、日々は接し方なんですね。ちゃんと接することができるか。またいって、実はこの接し方の研修をしないと看取りの話ができないんですよ。なので笑顔だとか、接する目線をどういうふうに合わせるかだとかいう研修も合わせてやっています。一人一人の命から学ぶので、トラブったケースも含めて、必ず事例検討していきます。

■ 看取りを制度化するために

厚労省から、随分前に看取りを制度化するために意見交換をする機会があったんですが、ここと同じような看取り体制を作るのに何年かかりますか、と言われたんです。5年かかります。5年は待てない。1年で仕上げてほしい、と言われたんです。どういう方法があるか。命に学ぶしかないんです。同じ苦労、同じトラブルを一緒にやってください、ということではありません。先に看取った事例がたくさんあります。家族から怒鳴られたり、訴えられそうになったり、感謝された事例を一緒に共有して、難しい事例を自分たちでこなせるようなステージを作ってくためのセミナーだとか、研修会があれば、僕らが5年かかったことは2、3年でできるかもしれません。ただ、看取りなので、その人の看取りに立ち会うのにはタイミングがありますよね。1人というよりも、やっぱり2、3人経験するには3年くらいかかるんです。なので、じっくりやっていかないと、なかなか施設として標準化されにくいですが、できないことはありません。僕らは必死に誰も教えてくれない時代に、必死になってやってきましたが、泣きながら看護師さんの半分は辞めていきました。それでもしょうがないな、と思いました。看護師さんを説得できないんですよ。理解してもらえませんでした。介護職は意外と辞めていかないんですよ。看護は辞めていきました。病院に連れて行かないんだったら看護師の役目がない、という人と、本当の看護師の役目はここで発見した、というふうに別れるんですよ。少し後者が最近は増えているように思います。事例検討ですね。

それと、新しいことを始めると、皆さんが看取りを始めると、できる人とできない人が増え始めます。人事制度できちんと評価してあげてください。これが次のステージです。私はこれができるのに給料が変わらない、できない人と変わらない、できても評価してくれない、というところはモチベーションとしてあまり上がりません。なので、介護報酬が変わるごとに、実は人事制度を微調整して変えていく、という必要があります。できたら、評価する。できなければ、研修制度でできるようにしてあげる。お給与に反映するという仕組みづくりです。これは結構大変ですけど、必須項目です。
最近は、葬儀屋さんとの連携も必要ですね。生きているうちにチームになってほしい、ということです。死んだから知らない葬儀屋さんが来て、ああだこうだじゃなくて、今から始めましょう。職員教育にはいろんなことをやりました。もし、青木新門さん、ご存知ですか。おくりびとの原案者。ぜひ、おくりびと見てなければ見てください。これ全職員と、おくりびとを見ながら、青木新門さんの講演も、たくさんの職員と一緒に行って講演を聞きました。学ぶ場はそのくらいしかなかったんですよ、昔は。こんなセミナーはまだありませんでした、5年前は。

なので自分たちで学んで、死とはなんだろうとか、先駆者のお話を聞いていきました。今日はお時間ないので割愛しますが、いろんなものがあります。ただ、ここで見つけたものがあります。これ32歳で、子どもが生まれる前に末期がんで亡くなったドクターの手記です。「あすかへ、まだ見ぬ子へ」、まだ生まれてない子に自分の人生が先に終わることを知ったドクターの手記です。これ似たようなものがたくさんあるんですが、皆さん気が付きましたか。最後は必ず感謝してるんですよ。死を受容したら、葛藤したり、へこんだり、取引をしたりするけど、ちゃんと頑張って生きて、この命を娘につなごうと思った瞬間に、実は感謝してくれるんです。そのまとめがこうです。いろいろ勉強した結果たどり着いたのは、死は決して終わりではない。全てがどうも死を受容した人たちには輝いて見えてるらしい。誰かに感謝をしたい気持ちを伝えたいと思ってるらしい、というのが僕らが気が付いたところです。
なので、お別れ会をしっかりやりたかったんですね。もし皆さんの施設の、人生を終えようとしてるご入居者が、皆さんが輝いて見えてるとしたら、あるいは敷設の一つ一つが、天井が輝いて見えてるとしたら、ケアはもっともっと心を込めてやる必要があります。虐待の問題もいろいろ出てますが。最近、お医者さんたちから聞いて、それにプラスしていることが、ナラティブ、という概念です。命をつなぐ、これは僕たちが自分たちで作りました。ナラティブ、というのは、ナレーションのナラティブです、物語。やっぱり命をつなぐ、というのと一緒ですよね。その人の人生をしっかり受け止めて、こういう場でしっかり語ってほしい。

僕らは命をつないでいます。150人の人がここにのって、これから看取りに苦労していく人のために、あなたの命を使わしていただいています、というところをちゃんとお約束をして、日本の国を幸せな国にしたいと。あなたの命は僕らがつなぐ、というのが僕らのミッションです。こんな仕事って素晴らしくないですか。その過程には排泄介助、お風呂会社ありますが、命をつなぐ仕事、最後輝いて感謝される仕事って、他にあったら教えてほしいですよ。もう介護の仕事しかないんじゃないか、というふうに思ってるので、これを実感した職員は強くなります。死生観教育です。これはアルフォンス・デーケンさんから少しいただいたものです。別れは辛い。突然の別れって辛いんですよ。JALの日航機の遺族は、10数年経っても悩んでいます。死を受容できません。東日本大震災の遺族たちは、死を受容できますか。津波で流されて手を離れていった命を受容できますか。受容するとしたら、その命をつなぐ、というふうに覚悟を決めた瞬間なんですよ。それは、医療介護職の僕らからやっていかないといけないじゃないか、というふうに最近思っています。なので、入居者の看取りを通して、介護職は死生観を豊かにして、より成熟した人格者へ成長していく、ということを見てきました。こんな素晴らしい仕事はありません。だから一緒にやろうよ、というふうにしっかり伝えていきたい、というふうに思っています。

ただし、看取りはしっかりやりました。看取りには後悔がありません。でも、なんかここに穴が開いてしまったんですね、という次のステージがあります。これは、実は1人で頑張ってきた女性に多いんですよ。あるいは、一生懸命やる介護職員に多い。男性は虐待が多いですよ。皆さん、最近虐待のニュースたくさん聞きますよね、あれ全て男性の介護職ですよ。なぜか男性は、息子もそうです。虐待ってね、男性がしちゃうんですよ。女性は自分をいじめるんです。自分が壊れていっちゃうんですよ、心が。一概には言えませんが、感覚的にそうだな、というふうに思います。看取った、でも、自分に力が出ない、これがグリーフケアです。なので、グリーフケアも勉強しないと、次につなぐことができません。ぜひ、グリーフケアも勉強する機会が増えています。喪失感ですよね。もしかすると介護職員もそうかもしれません。一生懸命やってきた人の命をつなぐけど、心が整理されないまま次の入居者が入ってくる、というところがある、稼働率の手前でいくとばんばん入れなくちゃいけないので、そのための勉強会がたくさんあります。

グリーフケアの勉強会もあります。今日は一つ一つお伝えする時間がありませんが、こういうのを少し紐解いていただければ。これも僕の友達のお医者さんが、佐藤伸彦が言ってるやつですが、こういうものを日々考えておく必要があります。その人の人生を聞いて、看取りに誘導するための、例えば、自分史活用アドバイザー、認知症のケアも一緒です。過去を知って、未来を語る技術が求められています。こういうものもできました。
親と語り合って、どこで死にたいか、どういう人生を終えたいかみたいなツールです。終活とはちょっと違いますが、こういうものも少し出始めています。看取りがもたらしたものは、こういうことです。家族には決して後悔させない。スタッフは仕事の達成感を得る。個別ケア、経営が改善していきますよ、という形です。5年間、僕は誤嚥性肺炎の発症はゼロでした。入院日数は5分の1に激減。稼働率は2%上がるんですよ。それまでもほぼ高水準の稼働率を維持しましましたしたが、2%上がりました。それは全て職員の給与として、賞与として、全て還元しました。全てっていうか、6割ね、人件費相当分4,000万を職員に還元しました、2%を上がったので。入院が減ると入院に伴う仕事は全てケアの仕事に変わります。なので、個別ケアがきちんとできるようになって、なぜか、転倒転落事故まで激減していきました。入院が変わると看護師の仕事も減りますよね。事故報告書も減ります。すべて個別ケアのために、変わっていって看取り援助が手厚くなります。
結果として経営が良くなりますよ、という証明で持ってきましたが、最高の僕は経営数字を出しました。自慢じゃありませんが、8年間で僕は東京で8億貯めました。法人として30億貯めて、この10年間で六つの特養を建設しました。これが自慢です。皆さんの命をつないだ結果ご褒美として、収支差額が生まれてそれを次の施設の財源にして、社会にたくさんの施設を作ってそこで看取りができるようなステージを、今、支援しています。

時間がきましたので、ぜひ、看取りができる施設から、看取りができる社会、きちんと生き切る自分の社会を、地域包括という概念の下で作り上げる、施設であれば、拠点になってほしい。でも簡単にはできないので、もう既にやっている人たちから学んで仲間を作ってほしい、というところが今日の最後のメッセージです。エイジング・イン・プレイスですね。今日はどうもありがとうございました。

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